「なんかちがうな」と思っても言えなかった6歳児

こんにちは。
声と心の調律家 美和です。

 

先日、大好きな女性の家へ、夕食をご馳走されるために訪れました。
彼女には小学校1年生の息子さんがいます。

 

夕飯をいただいている時、彼女は
お酒も入り、いまの悩みを打ち明けてくれました。

 

それは息子さんのこと。
息子さんの名前を仮に、ヒロトくん、とします。

 

彼女いわく
ヒロトくんの小学校で、ヒロトくんと同じ傘を持っている子(Bくん)が居て
何度か間違って持ってきちゃたことがあるそうです。

 

ヒロトくんの傘には名前をちゃんと書いて貼ってあるんだそうですが、
この前、その傘に、なんか違和感があるな、と感じた彼女は
ヒロトくんに訊きました。

 

「これヒロトのじゃないんじゃないの?」

 

すると、ヒロトくんは彼女に言ったそうです。
Bくんが、ヒロトくんの傘を『それ俺のだよ』と言ってきた。
ヒロトくんは「おかしいな」と思ったものの、「そうなのかな?」と思って
自分の傘に貼ってあった名前のシールを剥がして、
Bくんに渡したそうです。

 

彼女は、
「どうして違うって強く言えないのかしらっ。もう悲しい」
と、お酒の勢いも入って、語気を少々荒げて言いました。

 

自分のことを言われていると感じたヒロトくんは、
別の部屋へ行きました。

 

気になったので、わたしはヒロトくんのところへ行きました。

 

いま、ヒロトくんとBくんの傘の話を聞いたことを彼に言うと、
彼はその時の出来事を話し始めました。

 

そして、Bくんのことも色々と話し始めました。

 

どうやらBくんはガキ大将のようで、
自分の思い通りにならないと
「先生呼ぶぞ!」と言うそうです。

 

すると他の子達は、自分が悪くなくても、
「先生を呼ぶぞ!」と言われるだけで
萎縮してしまうようなのです。

 

Bくんに、「それ俺の(傘)だよ」と言われた時に、
「あれ?おかしいな」と思いながらも、
わざわざ自ら名前のシールを剥がして渡す。

 

この行為は、
大人からしたら、まったくもって変な話です。

 

実際ヒロトくんは、おかしいな、と思ったわけですが、
「そうなのかな?」と思って渡しちゃったわけです。

 

この時、彼に何が起きていたのでしょう?

 

聞いていくと、
自分が違うと思っても、
「先生呼ぶぞ!」というBくんに従わないと、
先生呼ばれちゃう。

 

「先生呼ぶぞ=自分が叱られる」というX=Yが
小学校1年の、まだ6歳の子供のなかに
既にできてたわけです。

 

そして
「Bくんの言うこと=多分正しい」
というのも、できてるわけですね。

 

だから、「なんかおかしいな」と思っても
自分がまちがっているのかも、と思って
言えないわけですね。

 

なので、そこから、いっこずつ、丁寧に丁寧に
彼に理解できるように、X=Yをほどいていきました。

 

幼い時から、こうして、どんどんと
歪んだ真実X=Yが、自分のなかに積もっていくんですよね。

 

そしてそれらは知らず知らずに自分の考え方の土台となり、
いつしか、じわじわと自分の足枷になっていくんですよね。

 

自分を制限する思考の枠組みは、幼い頃から形づくられていきます。

 

ほんとは違うんだってことを大人になるほど充分理解できていても
心はそこに囚われたままだったりします。

 

それを解きほぐしていくことが、
自分という存在をより自由にする、ということに
あなたはもう、気づいていますよね(*^^*)

 

「俺、先生に言う。Bくんに返してって言う」
と、言っていた後日。

 

自分の傘がヒロトくんのもとに帰ってきたそうです。

 

ちなみに。
学校の先生は、いつも怖いわけじゃないそうですよ(*^^*)。

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