「自分がいけないんだ」という思い

「自分がいけないんだと思ってきました」

これは、あるクライアントさんの言葉です。

 

「自分がいけないんだと思ってきました」

 

この言葉を聞いて、
なんだか涙が出そうになりました。

 

どれほどの時間、
このかたは

「自分がいけないんだ」と
からだと心に伝えながら、
それを全身で感じながら生きてこられたのだろうと。

 

なにかをしようとするたびに、
親に止められる。

 

反対されるという経験。

 

行きたい道を塞がれることへの怒りや
なんでわかってくれないの?という憤り、悲しみ、
願っても叶わないという無力感。

 

これらは
わたしも幾度となくしてきましたけど、

 

わたしとは比べ物にならないほど
苦しかっただろうと思うんです。

 

「自分がいけないんだと思ってきました」

 

このかたは、
生きづらいなあという思いをずっと抱えて
いままで生きてこられたのです。

 

セッションが進むほどに、
大粒の涙たちが、つーっ、と流れていきました。

 

頭ではよくわかっているんです。
親は子供のことを思って、良かれと思ってしてくれていることだと。

 

でも、心が、ずっとそこに追いつかない。

 

心はずっと、

「反対される」=「自分が悪い」、
という無意識に出来上がった図式を
持ち続けているんですね。
その時はそれ以外の解釈をしらなかったから。

 

「自分がいけないんだと思ってきました」

 

ずっと溜めてきた思いを
倍音を響かせた音と声のエネルギーで流し、
クリアになって笑顔で帰って行かれました。

 

身近な例で考えてみると、
世の中にこういうことってしばしばありません?

 

たとえば。

 

「仕事で自分の提案や企画が採用されなかったとか、やることや、やったことを反対された」

=(イコール)

「わたしはダメなんだ、出来ないんだ、認められないんだ」と感じる。

 

パワハラなどのケースではなく、ごく一般的に考えると、

 

その人自身、その人の存在自体を否定されたのではないのに
自分自身が無価値、無意味、無能であると言われたかのように感じてしまうとか。

 

すると、行動に制限が出たり、自分の能力に制限がかかったりしますよね。

 

更には自己否定をするようになり、気が塞いだり、
身体にも影響が出たりするケースがありますよね。

 

ほんとはもっと出来るのに。ほんとはもっと大きな存在なのに。

 

自分のなかにある、持っていなくてももう大丈夫な「X=Y」 。
それが、感謝とともに解き放たれる時を待っているとしたら?

 

それを解き放ち、深い癒やしをもたらすことができるのは
本当は自分自身なのです。

 

自分の声によって、
それらを解き放ち癒やすことが出来るのだということを
より多くの人に知っていただけたら幸いです。

sero3

◆生きづらさを作っている思い込みを解き放つことできるプログラムがここにあります◆

声と心の調律セッションを受けてみたいと思われましたら
お問い合わせよりご連絡くださいませ。お待ちしています。
*お問い合わせ:http://koetokokoro.com/contact
*セッションで得られること:http://koetokokoro.com/menu/menu