「いのり」とからだの関係

ダムから組み上げた濁った水に1時間、
僧侶による読経をしたという、
アメリカでの実験があります。
 
 

そして
その結果は驚くべきものだったそうです。

読経は祈りのようなものだと思うのです。
祈り。
 
 
「いのり」
とは、
「意」「乗り」。
 
 
「意が乗る」のが
「祈り」
だそうです。
 
 
話す言葉、言う声に
どんな意を乗せるか。
 
 
そんな風に考えたことはありますか?
 
 
「意」=「想う」エネルギーは
 
 
声にも
乗せていくことができます。
 
 
どういうことか?
 
 
それが、冒頭の実験結果の話です。
 
 
ダムから組み上げた水を顕微鏡で見ると、
濁っていたそうなのですが、
 
 
一時間の読経を聴かせた後、
 
 
その水には
綺麗な結晶が生まれていたそうです。
 
 
水は、想いを受けてかたちを変えていきます。
 
 
そして
わたしたちの想いや願いや心のなかで思うことは
水分を伝って、わたしたちのからだ全身に伝わっていきます。
 
 
たとえば。
ネガティブなことを言ってる時の自分の姿勢って、どうです?
 
 
仮に
 

「あーあ、わたしってどうしてなにをやっても、うまくいかないのかなあ
もう無理だわ、できないわ」
と言うとします。
 
 
このセリフを言うとき、
胸を張って、空を仰ぎ見ながら、
口角を上げて、高い声を出し、
なかば笑顔で
しかも心の底から
 
 
「あーあ、わたしってどうしてなにをやっても、うまくいかないのかなあ
もう無理だわ、できないわ〜、あははは\(^^)/」
 

って言ってたりします?
 
 
そんなことないですよね。
しかもそんなふうにそのセリフを言うのって
言いづらいと思うんです。
 
 
わたしもやってみました。
やってみたけれど、深刻に言えなくなります。
 
 
自分のなかで
ネガティブなことを思ったり言ったりするときって、
 
 
どちらかといえば、
 
 
背中を丸めがちで、
目線は下を向き、
声は低めで、
顔は笑顔には程遠いですよね?
 
 
想いはからだに伝わって、からだの使い方にまで影響します。
 
 
いまの自分がどんな状態なのか。
何かをつぶやいている時の体の状態からも分かったりします。
 
 
自分の中でどんな想いを響かせたいです?
 
 
「こう在りたい」という、あなたの「いのり」はなんですか?
 
 
どんな想いを載せて
自分の声を自分に響かせるか。
 
 
自分のからだに、どんな想いを届けたいか。
 
 
そんな問いをたててみてください。
どんな答えがあるでしょう?
 
 
良ければぜひ、シェアしてください。
 
お待ちしています
いのり