ほっといた自分の思考に責任を取る時

こんにちは。
声と心の調律家 美和です。

 

ギリシャから帰国してもうすぐ3週間。
様々な気付きの中で生活している毎日です。

 

前回も書きましたが、ギリシャはわたしにとって
いにしえからの何かを思い出させる、懐かしい国でした。

 

初めて旅行した国だけど「なんか、知ってる・・・」って
思うことありません?

 

「あ、知ってる・・・」というこの感覚は、
わたしたちがいつかどこかの時代で
どんな風に生きていたかを思い出させてくれる
素敵なセンサーだなあと思います。

 

輪廻を信じる人も信じない人も、
これまでの人類の歴史として、
わたしたちのずっと先祖の先祖の先祖のレベルから
培ってきた多くのものが、わたしたちのなかに
ずっと息づいています。

 

そのなかには受け継ぎたい素晴らしい美徳や価値観もあれば
今では役には立たない思いや思考もありますよね。

 

ギリシャから帰国1週間後くらいに、
わたしは痛い目に遭いました。

 

この数年で数回、わたしには、
”あるイベント事のときに、部分的にだけれど
わたしにとって少し残念なことが起きる”
ということがありました。

 

今年になっても2度ほどそれが起きた時、
「ここ、ちゃんと向き合うほうがいいんだろうなー」と思いつつ、
”そこまで困っていなかった” ということもあり、
ほったらかしにしていたんです。

 

そしたら、つい先日、
”部分” だけじゃなく、”半分欠ける” ということが起きました。

 

そして明確に思ったんです。

 

「ああ、、、これはわたしがいままで
ほっといた自分の思考の責任を
いよいよ取る時なんだ」と。。。

 

なんども同じようなことが起き
出来事を通して「気づけ気づけ!」と見せられているのに
「まあしかたないよね」で通り過ぎ、
そして「またか・・・」が起きてしまう。

 

これは、
”自分のなかで見つめるべきものがあるよ”
というサインですよね。

 

なんとな〜くそれに気付いていたものの、
ちょっとだけチラ見して、見なかったことにしてみたり。

 

または、もう終わったこと、と言い聞かせて
通り過ぎようとする。

 

そんなことをしているうちに
体を壊して大病してしまったり、
心を壊してしまったりすることってありますよね。

 

そうなってしまうと、
元の状態になるまでに時間がかかってしまいます。
お金もかかってしまいますよね。

 

「しかたがない」って考える事自体、
ほんとは、しかたがないなんてことはないんですよね。
それはただ、「しかたがない」枠にどっぷりなだけ。
その枠を超えられないだけ。

 

じゃあ、
「しかたがない」という蓋をしてるその奥に、
なにがあるのでしょう?

 

わたしの場合は、
”思うようにならないことへの憤り”でした。

 

これは、
今に始まったことじゃありません。

 

どうしたら出来るんだろう?って考える癖は
持って生まれてきたつもりでした。
その条件で出来ないという状況のなかで、
どうやったら出来るだろう、って。

 

でも、
舞台俳優になりたかったという情熱や、
イギリスの大学に行きたかったという願い。
進みたかった道へ進めなかった今までの思いを諦め、
「しかたがない」という枠に収めて
そのままにしていました。

 

母が昔「諦めたの、しかたがなかったから」って言ってたことがあるのを
思い出しました。
「しかたがない」は、
わたしの親から持ってきたものだったんです。
この、今のわたしには役には立たない思考を。

 

自分をクリアにしていくことを
数年かけてやってきた過程で、
この憤りをクリアにしたつもりでいたけれど、
終わってなかったんですね。

 

まだ気付くことがあるとどこかで分かっていながら、
ほったらかしにしていた自分がいます。

 

憤りは、とても波動が低い感情です。
憤りの感情があると、
スピリチュアルな感覚を押し下げてしまいます。
それも、一瞬にして。

 

シータヒーリングの創始者Viannaの旦那さんGuyがこう言いました。
「憤りは、地球から出ないんだよ」と。

 

イメージできますよね?
神聖な気分になる場所にいる時に、
ものすごく憤るようなことが起きると
瞬時に、自分のなかに感じた神聖な感覚が消えていく感じです。

 

なので、
ヒーリングやコーチングなどをしている人間としては特に、
憤りが自分のなかにまだあることに気付くと
それをクリアにしたくなるものです。

 

その憤りを持っている意図も理解し、
そして手離していく。

 

Viannaさんは今回のギリシャで
こう言っていました。
「完了させる、っていうことはとても大切なことよ」と。

 

やったけど、やって終わりじゃない。
「もう、その学びは終わったよ」って完了させてあげる。
そうしないとわたしたちの魂は、
学び終えるまで、課題を与えてきます。

 

憤りをクリアにすることは
憤りの感情を抱くことなく、生きていくことができることを
知っていくことでもあります。

 

わたしたちは元々、
創造の源、創造主の光の一部です。
無条件の愛のエネルギーと
純粋な創造のエネルギー、そして
無限の可能性のエネルギーを
使える存在です。

 

創造主と共同創造しながら、
自分にとって役に立たないものはクリアにし、
再創造して、役立つものへと変えていけばいいわけですね。

 

ただ、わたしはそのまえに、
大切なことを忘れていたんです。

 

無条件ってなんだ?って。

 

憤りがあること自体を、
無条件に赦す。

 

憤った自分、何かを嫌った自分、
あんなこと言っちゃったしちゃった自分、
親に八つ当たりしちゃった自分など、
すべてを赦す。

 

赦し。
それは、
”なにもジャッジがない” ということ。

 

”赦す”というのは、
本当に高い高い美徳ですね。

 

一番純粋な自分になって
ハートから本当に赦し、
そして、ほったらかしにしていた思考の責任を取っていく。
そうして、ちゃんと、「終わったよ」って自分に教えてあげる。

 

そうすることで、
自ずと赦しの扉が開き、
新しく再創造への道が創られ
祝福がやってきます。

 

その時、
さらに純粋になっている自分に
出逢うことができるのだと思います。

 

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(ギリシャ、メテオラでの無邪気な?姿)