「すみません」より「ありがとう」を

大した出来事じゃなかったのはずなのに、
たまに思い出される記憶があるんです。
 
 
それも、ほんとに一言、言葉を変えていたら
違う結果だったんじゃないのかな?ということが。
 
 
去年の出来事だったと思うのですが、
自宅のあるマンションの駐輪場から
自転車に乗って歩道に出ようとしたときのことです。
 
わたしの自転車をT字の縦棒だとすると
横棒が歩道だと思ってください。
 
わたしから見て右側から歩いてきた男性がいたので、
その男性に先に通りすぎてもらおうと思い、
わたしは横棒の歩道に出る寸前で
自転車を数秒止めたんです。
 
 
しかしながら、その男性は足を止め、進もうとしません。
 
なので、わたしは
「すみません」と言って、
男性から見て進行方向へと、
自転車を進め始めたその瞬間、
 
 
「チッッ」
 
 
皆様ご存知ですよね。舌打ちというやつです。
 
 
なぜに?わたし待ったよね?
なにゆえ舌打ちするか?!
極めて不愉快。。。
 
 
と、心のなかで文句言いました。
 
 
ひとしきり孤独に怒ったあと、思ったんです。
 
 
でも。
 
そのおじさんのなかでは
もしかすると
 
 
「すみません」とこちらが言った瞬間から
彼はその場の主導権を握ったかのように錯覚し、
 
「俺は悪くない、あの女が悪い」
 
という極端な思考が起きたのかもしれないんですよね。
 
 
そしてわたしはその影響を見事に受けて
「チッッ」という舌打ちを
朝っぱらから両耳にいただいたわけです。
 
 
パンプスの細いハイヒールで
バキッと
 
明らかにおじさんの小指をビュッと踏んだのならば
「チッ」と言われも至極当然と受け止めますが、
 
 
わたし、数秒待ったよね?!
わたし悪くないよね?
 
 
って思っちゃったんですね。
 
とはいえ、我ながら気づくわけです。
 
 
もし、あのおじさんに
「すみません」
じゃなくて
 
 
「ありがとうございます」と言っていたら?
 
 
もしかしたら「チッッ」なんて舌打ちしなかったかもしれないです。
 
 
「ありがとう」って言われて舌打ちする人って、
一度も見たことありませんから。
 
 
そして、「ありがとう」と言葉を変えていたら、
あのおじさんのことを
 
きっと、おじさんなんて言ってないはずです。
 
 
こういう、日常にある、
持ってなくてもいい感情ってありません??
 
 
イライラに遭遇した瞬間って、その感情をすーっと流すのが
大変だったりすると思うのですけれど、
 
 
そんなときこそ、
この曲とともに、流していってみてください。
 
FLOWS〜声と心の調律〜不安や苛立ちを流していく瞑想
(下にリンクあり)
 
 
今度あのおじさん、もとい、男性に同じ状況でお目見えしたら
絶対「ありがとう」って言うんだと
虎視眈々と狙っておりましたが、
 
 
幸か不幸か
二度と遭遇することもなく、
顔もすっかり忘れた2015年の秋。
 
 
思い出してもイラッとすることもなく、
ただ、言葉を変えよう、って心に決めています。
 
 
言葉を変える。
あなたの日常の中で、変えたい言葉の使い方って、ありますか?
 
 
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